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2023.01.20

【ココロまち診療所】近隣の人と自然に繋がるコミュニティをアートする〜「生き辛さ」を感じている人を支えます〜

〜「生き辛さ」を感じている人を支えます〜

茅ヶ崎海岸から直線距離で北へ約10キロの農村地に、畑や手作り感満載の庭、子どもたちが遊ぶブランコや滑り台など、ゆったりとした空間に囲まれた築70年を超える一軒の古民家がある。診療所と書かれた手作りの看板を見なければ、そこが医療機関だとわかる人はほぼいないだろう。「ココロまち診療所〜生き辛さを感じる人を支えます〜」勤務医時代に関わってきた多くの人たちが抱える「生き辛さ」。西洋医学だけでは解決できないこの問題に悩む人たちを支えたいと、2018年6月1日に院長である片岡侑史先生が開業した診療所だ。

その外観から活動内容に至るまで、あらゆる側面においてココロまち診療所は、今までの医療機関のイメージとは程遠い。開業から4年経ち、診療所へ通う人はもちろん近隣の健康な人たちにとってもコミュニティを支えるハブとして重要な場所となりつつある。

人々の健康を支える上で重要な存在である医療機関だが、逆に行きたくない場所としても常に上位に位置する。ココロまち診療所ではそうした複雑な場所を農業やアロマのワークショップなどのコミュニーケーションツールを使い、「自然と立ち寄れる場所、健康な近隣の人たちと自然に繋がれる場所」として、まさにコミュニティをデザイン、アートする試みを続けている。

そんな「ココロまち診療所」の試みについてコミュニティを創り上げていく苦労、喜び、今後の展望など片岡院長に話を聞いた。

木の板を掘り作られた看板からもクリニックの世界感が伝わる

患者だけではない。健康な人も感じる「生き辛さ」

片岡院長が医師を目指したきっかけは祖父の言葉がであったという。祖父は片岡院長が中学3年生のときに亡くなった。当時中高一貫校に通っていた院長は進路に悩む時期でもあった。現代国語に興味が持てない為、文系ではなく理系へと進むことを決めていたが、特に目指したいと感じる分野が当時はまだ見つかっていなかった。そんな時、亡くなった祖父がよく「医者になれ」と言っていたことを思い出し、医者への道を志すことを決めたという。祖父がなぜ「医者になれ」と言っていたかについては「今ではもうわからない」が祖父の言葉がなければ、ココロまち診療所の開業はなかったのかもしれない。

「特に大きな志があったわけでもない」と少し照れくさそうに語る片岡院長が、在宅医療の新たな形、挑戦としてココロまち診療所を開業することになったのは、勤務医時代の様々な経験から学んだことによる。総合診療医として、内視鏡検査や救急外来、緩和ケアなどの多くの状況下で患者と接していくなかで、病院の医療だけでは目の前の患者を助けることに限界があると実感した。体調不良を訴えるも診断がつかない患者、治療法のない疾患を抱える患者、そもそも治療を受けるお金のない患者など、本当の困りごとは医療機関の中だけで解決できるわけではないと感じる様になったという。

こうした患者たちが困りごとを、どのように解決しているのかという現状を知るため、他職種の会などに参加し、介護や福祉、そして在宅医療について多くのことを学んだ。特に、在宅医療について学ぶことで、現代人がいかに生き辛さを感じながら生きているかを知ることとなった。在宅医は患者との関わりが院内中心の医療とは異なり、患者の背景となる私生活との関わりが大部分を占める。当然医療以外の知識や経験の重要性も高まり、患者の生活全般の中で起こり得る様々な問題に対処する為、横の繋がりを広く持つ必要性が求められる、勤務医の頃とは違った多くの引き出しが必要となるのである。片岡院長は難しさを感じたが、それ以上に在宅医療への可能性を感じ在宅医へと舵を切ることになる。

医療現場を「行きたくない場所」から「自然と足が向かう場所」へ

「ストレス」と「繋がり」。ココロまち診療所を開業するにあたり片岡院長がキーワードとした言葉だ。現代社会においてストレスは切っても切れないもの。そして多くの人の体調不良がストレスによってもたらされている。ストレスの原因は対人関係、ハラスメント、異性関係など人との関係が大きく、生き辛さを生んでいる。このようなストレスを抱えている人達と、医療機関が上手く繋がることでストレスをゼロにはできないが、適切に軽減し、健康に導くことができるのではないだろうか。

しかし、そもそも医療機関というのは人同士が繋がり辛い施設の代表例でもある。現在の医療機関は細分化が進んでおり、症状によって病院内をたらい回しにされることも一部で発生してしまっている。また1施設に患者が集中する事で、院内オペレーションが回らず、長い待ち時間が発生するなど、行くだけで具合が悪くなってしまう。片岡院長が目指すのは全く逆だ。「行くだけで元気になれる場所」「地域の健康な人が自然と足を運んでくれる場所」ココロまち診療所はそんな場所を目指している。ではどの様に作れば良いのか。それは「医療機関らしくしないことかな」と片岡院長は語る。

畑、花壇に囲まれた自然を活用した空間構築

人が自然に集まる3つの柱

「人が自然と訪れる」そんな場所を目指すココロまち診療所は、診察室でもあり集いの場でもある古民家、建物を囲む畑による農業、そして定期的に行われる様々なイベント。この3つの柱によってコミュニティが創られている。

開業に向け参考にすべく様々なクリニックを訪問し、多くの成功例を学んだ片岡院長は、クリニックの在り方として、直接的には関係のない2つの事がらを組み合わせる事で、新たなしかも刺激的なクリニックが生まれることを確信した。結果、ココロまち診療所のような「医療×農業」という組み合わせでの開業が決まった。大きな敷地には元はただの空き地だったとは思えないほど、よく手入れされた畑。愛情豊かに育った季節の花が咲き誇る花壇。そして診療に訪れた時だけでなく、いつでも子どもたちが遊ぶことのできるブランコと滑り台が並ぶ。定期的に行われるアロマのワークショップに、流しそうめんや味噌づくりなど、地域の人たちが一年を通して楽しむことができる季節のイベントも盛り沢山。築70年を超える古民家は懐かしくゆっくりとした時間で心を癒してくれる。一見、医療とはかけ離れた3本の柱は4年経ち様々な融合を重ね、ココロまち診療所は自然と人が集まる場所へとその位置づけを確立することに成功した。

昔懐かしい暖炉は今も現役

意識や行動を変えることなく健康へと向かえる環境づくり

診療所の敷地内を歩いていると一台の自動販売機が目に入ってくる。この自販機で飲み物を買うと、売り上げの一部が動物保護活動に使われる仕組みになっている。「普段から余裕のある人は決して多くない、しかし余裕のない中でも人は『何かしら世の中のためになりたい』といった気持ちを持って生活をしている。大きく行動や意識を変えなくとも、この自販機の飲み物を買うことで世の中のためになっていると実感できる」と話す片岡院長。診療所の敷地内を歩いているとまさにこうした小さな工夫に多く出会うことができる。意識することなく自然と健康に向かえて、良い繋がりをつくる環境がしっかりと創られているということだろう。

チャリティードリンクとして、社会貢献も。

診療所の外来は天気が良ければに庭に設置された日除け用テントの下となる。診療後は真っ白で無機質な壁に囲まれることなく、開放的な古民家の中の待合でゆっくりと過ごす。また四季ごとに変わる色や音などを楽しみながら散策することもできる。意識することなく自然に太陽の陽を浴びる時間も増え、歩く時間も増える。タイミングが良ければ採りたての野菜に出会うこともでき、食卓を賑わせてくれる。

屋内の待合室、夏は自然の風を感じながら、寒い冬の季節には薪ストーブやコタツでまったりとしながら近隣の人たちと過ごすことができる。コロナ禍でのワクチン接種も無機質な部屋に直線的に並べられ、ひたすらスマートフォンを見続ける15分ではなく、自然を感じながらの15分はあっという間だったと喜ばれた。こうしたこの診療所ならではの環境で「意識することなく自然に健康へと向かえることができる」環境が創られている。

2記事目では、4年間で診療所が地域の中でどのように受け入れられるようになってきているか、そして今後の展望についてと続く。