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2023.03.21

【IDC国際歯科クリニック】こだわりのデザインとアートが最高峰の体験を作る

〜地域にあった患者さんとスタッフの空間をアートする〜

六本木アマンド、日本屈指の一等地にあるこのビルの9階、ドアを開けるとそこにはゴールドとホワイトで統一された高級感漂うカウンターが待ち構える。高級サロンをもイメージさせる「I.D.C国際歯科クリニック」。

決して富裕層向けの歯科医院ではなく保険診療も可能な一般患者も入れる歯科医院である。母体は愛知県を中心に7クリニック、120名のスタッフを抱える医療法人健誠会。クリニックのデザインはドクターやスタッフが心地よく診察でき働け、通ってくれる患者が安心できる空間にするために大切なものだと高木理事長は話す。かぎられた空間を装飾し作り上げる「アート」についても開院当初からこだわってきたと高木理事長。

当然、最高峰の内装デザインだけでなくそれ以外にも様々隠された要素により15年でゼロから全国有数の歯科医療法人に育て上げられている。開院当初から変わらない建物や装飾に加え、人材が育つ環境づくりも含めた経営方針の裏側について高木理事長に話を聞いた。

入り口を入ると迎えてくれる、ゴールド基調の高級感あふれるI.D.C国際歯科クリニックのエントランス看板

母体は愛知県を中心に7医院、スタッフ120人のトップ歯科医療法人

I.D.C国際歯科クリニックは、愛知県を中心に7医院を構える「医療法人健誠会」が開院から15年目にして初めて東京へ出店したクリニックであり、健誠会の中では東京と愛知や岐阜を結ぶ大きな役割を担う存在でもある。

千葉県松戸市の出身である高木理事長は、もともと東京での開院を考えていたが、縁あって愛知県小牧市の病院を紹介されそこで開院することになる。2施設目は東京でと計画していたなか、想像以上に1施設目が話題となり愛知、岐阜を中心に多施設展開をすることになっていく。現在、歯科医療法人全国20位台といった規模まで成長した健誠会は、15年目にしてついに東京進出を果たした。

開院当初は順調な経営を続けていたI.D.C国際歯科クリニックであったが、多くの施設同様、新型コロナの影響を受けた。次々と店舗が入れ替わっていく六本木アマンドといった一等地で、こうした状況の中I.D.C国際歯科クリニックは残り続けた。「本体が地域に根付き選び続けてもらえるからこそ、コロナ禍で生き残る事ができる」と語る高木理事長。現在は完全に回復し多くの患者を受け入れ続けている。

健誠会では愛知や岐阜と東京のドクターが入れ替わりそれぞれの医院で勤務を行なっている。普段、愛知や岐阜で働く医師たちは、東京での勤務経験がモチベーションの向上に繋がる。また東京で働く医師たちの中には愛知県出身の医師もおり、愛知県で売上2位を誇る施設での勤務経験は将来的な開業ノウハウや、人脈など個人では得られない圧倒的なリソースを得ることができる。そして何より同じ医療法人の中で、各医師がそれぞれ刺激し合い総合的な技術力のアップにもつながっている。

鮮麗された最高峰のデザイン

天井までもまさに高級サロン、非日常感を味わいながらゆったりとした気分で診療を受けることができる

「開院当初から内装デザインにはこだわってきた」と高木理事長。医療法人健誠会各施設のホームページを覗くと、それぞれの施設に個性があり、デザイン性に富んだ内装の写真が並ぶ。「デザインや醸し出す雰囲気で来院頂いた患者の気持ちが変わることが十分ある。その空間に絵画などのアートが加わることでガラリと雰囲気を変えることができる。」と高木理事長はデザインとアートの重要性を語る。

また、デザインもただカッコよければ何でも良いということでは当然ない。その場所やそこに通ってもらう患者を具体的に意識し、想像を膨らませた先に到達するものでなければならないという。一方で経営視点で考えれば、この一等地での開業は家賃を考えると迷いはあったという。しかし、この立地で選ばれる歯科医院を目指し、医療法人全体の高い視座を用いた経営戦略としてI.D.C国際歯科への投資を決断した。六本木アマンドという一等地、デザインは高級サロン風にゴールドとホワイトを基調としたものといったコンセプトでI.D.C国際歯科クリニックはデザインされている。当然全てのクリニックでこうしたデザインが良いわけではない。

愛知や岐阜などでは、六本木とは全く違う落ち着いたクリニックデザインとなっている。「デザインはあまり高級すぎると入り辛くなってしまうし、ある程度のデザイン性がないと患者が求める治療に結びつかないイメージがついてしまう」。立地と患者の思想、その両方を絶妙に考えぬきバランスの取れたデザインを創り上げる事は容易ではないが、今回それを成し遂げた。

そんなデザインへのこだわりは、開院当初から当時はまだ一般的でなかった歯科デザインを前面に打ち出し、今では歯科だけではなく医科でのデザインでも賞を獲得している「オジデザインワークス株式会社」に依頼している。こうしたデザインの重要性を意識した経営が開院当初からのブレイク、さらなる繁栄に繋がっている。

医師家系ではなかった。だからこそ生まれた経営手腕

全国の歯科医療法人の中で売上高上位。高木理事長が一代で健誠会をここまで大きくできた経営手腕は、医師の家系ではなかったということが大きく起因している。高木家は一般的なサラリーマン家系ではあったが、親類のほとんどが高学歴であった。

勉強ができることが当たり前の中で、サラリーマンの道を選んだ父にはいつも「先生と呼ばれる資格をとった方がいい」と教え込まれてきたと高木理事長。ではなぜ歯科医師だったのか。「歯科医の方が多施設展開をしやすいと考えたから」と考えたのは当時19歳の高木少年。19歳の時にすでに多施設展開を考えていたという。

まさに生まれながらの経営者だ。そして、大学2年の時にはすでに歯科医院でアルバイトをし、歯科医の実務について学んでいたという。卒業してからも最初に勤めた歯科医院では屋根裏に住まわせてもらい「仕事ができないと意味がない、とりあえず早くうまくなりたい」と仕事に没頭した。ここまでの行動を起こさせたのには大学へ入学してすぐのある出来事がきっかけであったと高木理事長。入学してまもなく同級生が入学祝いでもらったという時計の金額を聞き驚いた。100万というその金額を聞き、入学祝いにそんな高価なものをもらえる家庭があることを知った。いままで勉強もスポーツも努力をすればトップに近づけたが、家庭環境は努力をしても勝てないことを実感した。

「人と同じことをやっていても追いつくことはできない、人より早く成功し、患者そして社会へ価値を提供するにはどうしたらよいか」を常に考え行動するようになったという。こうした想いが、真似のできない努力を産み今の経営力に繋がっているのではないだろうか。