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2023.02.17

【あおいクリニック】精神疾患患者の最後の砦。音楽の歴史から紐解くアートの力とは

〜社会課題の解決に人生をかけて戦うあおいCL〜

静岡市の繁華街葵区の中心、飲食店やビジネスオフィスが立ち並び、区内で最も交通量の多い道路の一角にそのクリニックは存在する。建物周辺の雰囲気とは変わり、クリニックにひとたび足を踏み入れれば雰囲気は一変する。打ち抜かれた高い天井、落ち着く壁の色見、患者に圧迫感を与えないように気配りの行き届いたメンタルクリニック、あおいクリニックがそこにはある。院内の壁は真っ白ではなく、ベージュに近い色にすることで、優しく自然な雰囲気が演出されている。木目調の院内は、患者がリラックスできるような環境づくりへの配慮も伺える。待合から診察室へ繋がる廊下の壁にあるのは、広島の画家に依頼したオリジナル制作のソフトパステルの絵画だ。

あおいクリニックの院長である寺田先生は、メンタルケアにおいてショートケアやリワークプログラム、音楽療法など、新たな取り組みを積極的に導入している最前線で医療に挑戦し続ける医師である。今年、世界はコロナという疫病によりまったく異なる生活を強いられる事になった。その社会的影響は大きく、当然精神疾患を抱える患者にも悪影響があった。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、多くの先進国で新型コロナ拡大の前後で、うつ病・うつ状態の人の割合が2~3倍に増えたとの報告もある。日本でも、うつ病の割合は、2013年の7.9%から、2020年の17.3%と2倍以上に増加しているという。今回は、日本のうつ病患者を支える最後の砦として、地域に密着した診療を行う、あおいクリニックの様々な取り組み、その目的、そして先生の真の思いについて迫った。(全2回の前編)

ショートケアやリワークプログラムの導入。社会の最後の砦として担うべき役割とは。

あおいクリニックは、平成17年12月に開院。駅に近いことや午後19時までの診療受付けで、仕事帰りの患者が多く来院する。現在は非常勤の医師を含め7人体制で、医療サービスを提供。一般的なメンタルクリニックでは2~3名の医師の勤務が多い中、7人体制は非常に潤沢だ。あおいクリニックは開院当初、通常の外来診療のみで医療サービス提供していた。しかし、日々様々な悩みを抱え、精神疾患による辛さとそれを引き起こす原因を紐解く中で、現代社会におけるうつ病治療の真の課題が鮮明に見えてきた。

医療面接の中で、患者の仕事や私生活でのお困りごとについて丁寧に聞き出す。その上で、最も適切な治療を提案し、治療を進めていく。しかし、治療が奏功し徐々に改善する患者であっても、ある日突然悪化・再発してしまう。やっと仕事が続きそうになった人でもまた休職に追いやられてしまうことがある。

「開業した当初、休職をしたうつ病の患者をケアしても、職場に復帰すると再び悪くなり再休職に至ってしまう。うつ病治療において解決するべき大きな課題であり、人生をかけて取り組むべき課題と強く感じた。」
その解決策の一環として、あおいクリニックではリワークプログラム・ショートケアが実施できる体制を整えた。リワークプログラムでは、患者の復職後のフォローをし再休職を予防する。昨今は、心の不調で休業を余儀なくされる労働者が増加。休職後の職場復帰支援は、現在の日本において社会全体で取り組むべき課題となっている。

実際に、厚生労働省から発表された『心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き』ではリワークプログラムについて、主治医との連携が重要であると記載されている。(1) 心の健康問題への対応は患者ごとにケースバイケースであり、非常に複雑で一般化できるものではない。つまり、民間の事業所などで精神疾患から復帰した患者をサポートするのは現実的に難しい場合もある。であれば、専門医である医師がその役割を一部担う事は、社会全体のうつ病という病への対抗策としては、非常に価値があるのではないだろうか。当然、医師への負担は今まで以上に高いものである、その為、一概に全てのメンタルクリニックでリワークプログラムを導入できるとは限らない。だからこそ、あおいクリニックのように、患者の職場復帰後のフォロー体制が整っている医療機関は、社会のニーズに適合しているといえるのではないか。それが、静岡県内でも人気のある心療内科の地位を築いた理由の一つであることは間違いない。

入口から院内は木目調の壁により見えないように工夫されている。外から見られているという意識を無くし、待合室にリラックスできる雰囲気を演出する為の取り組みだ。

古くから精神疾患の治療として利用される音楽療法の導入。

精神疾患を持つ社会人の最後の砦として機能するあおいクリニックだが、リワークプログラム以外にも、患者を助ける為に日々試行錯誤している。その一つが音楽の力だ。音楽療法は、かなり古くから精神療法に応用されている。「音楽療法は歴史がすごく古く、1600年代くらいからあります。日本では江戸時代のころ、イギリスでロバートバートが『憂鬱の解剖学』を書きました。その中で音楽療法が紹介されています。」1621年初版の『憂鬱の解剖学』は、当時流行していた憂鬱症について、原因や症状、治療法について書かれた医学書だ。また、バッハにまつわる話も教えていただいた。「諸説ありますが、バッハは眠れない人のために『ゴルトベルク変奏曲』を書いたと言われています。昔から眠れない人は存在していて、それに対して音楽で何とかしようと思った人もいたわけです。」(2)

音楽が人々に癒しを与え、精神的にもポジティブな影響を与える点は昔も今も変わらないようだ。寺田先生からは、現在のフランスの音楽事情について次のようなエピソードも。「フランスのとあるラジオ番組で、どんな時に一番幸せを感じるか聴いたそうです。アンケート結果では、寝ているときや食事中などではなく、音楽を聞いているときが一番幸せとの回答が多かったそうなんです。」フランスでは、音楽は人々に癒しを与え、幸せを感じる時間を提供するという点は文化的・歴史的にも完全に定着している。一方で、日本では、まだ音楽療法の認知度は低いが、今後の広がりは世界規模で見たときに十分期待される。日本の音楽療法のさきがけとして、あおいクリニックの音楽療法が多くの患者に癒しの時間を提供している。

待合室から廊下にかけても、木目調の落ち着いた雰囲気で統一されている。

音楽も一つの体験価値。ストーリー性やメッセージで心に響かせる。

音楽はただ聞くというモノではなく、一つの体験価値として認識されるべきだ。と寺田先生は考えている。音楽を聞いた時間は短くとも、音楽を聴いたときの状況や心境は記憶に刻み込まれて感動が残る事がある。心理学者のフランクルが提唱した理論によると、「体験価値、想像価値、そして態度価値という3つの価値が出てくるが、体験価値というのはそれが一瞬であっても大きな価値を持つということです。たとえば、エベレストに登った瞬間が過ぎ去ったら、意味がなくなるのではなくて、一瞬の高みが大変な価値を持ちますよね。」
ヴィクトール・E・フランクルは、フロイトやユング、アドラー、に継ぐ第4の巨頭と呼ばれる心理学者。ナチスの強制収容所を生き延びたことでも知られている。フランクルは、人生の意味について体験価値や想像価値、態度価値の3つ価値を提唱した。(2)

フランクルの体験価値に関して、高齢の元教師のエピソードについて実例をもとに話を伺う。「病気を患ってて、残された時間がわずかで、がっかりして落ち込んでいる患者に対して、これまでどのような体験をされてきましたか?と尋ねると、以前は教師をしていて合唱コンクールで素晴らしいハーモニーを奏でられたことを思い出し、幸せだったことを回想していたのだそうですよ。このエピソードからも、音楽は一瞬のできごとであっても、人を幸せにするような価値があることがわかりますよね。」

また、寺田先生自身の体験として、サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」を聴いたときの話を伺った。「英語の歌詞を日本語で解説をしてくれたから、歌詞の素晴らしさがわかり、強い感動を覚えた。」。「音楽はCDで聴くだけではなく、解説付きで聴いたり、その場面に居合わせて生演奏で聴いたりした方がいいですよ。たとえば、ピアノの低音で響く音はCDでは再現できないですよね」。
医療機関では、来院時に患者が抱えているお困りごとを聞き出し、不安をはじめとした症状を軽減できる、柔らかくできる治療を考えることが重要である。様々な疾病を抱えた人々が集まるその空間は、日常生活にはない空間であり、決して喜んでその場に行きたいと思う人は少ない。だからこそ、その空間を少しでも患者、そしてその家族にとって自然で落ち着く空間にする事は今後の臨床現場では、なくてはならない考えではないだろうか。「音楽を取り入れるのであれば、演奏家を呼んで生演奏を披露したい」と寺田先生が考える理由は、先生自身が生演奏の素晴らしさを体験し、ただ流れるBGMだけではない、それ以上の体験価値を音楽に期待しているからだろう。

ソフトパステルで描かれた絵画。待合室から診察室へ移動する緊張の瞬間にも、ふと別の事に意識を向けられる気遣いが施されている。

引用(参考)
(1)厚生労働省 職場復帰の基本的な考え方
(2)JCASTトレンド 不眠症の貴族の為に作曲されたバッハの「ゴルトベルク変奏曲」は眠るに眠れない傑作だった