人生で最初の記憶は3歳のころ、無影灯の下で酸素マスクを嫌がる瞬間でした。生後翌日の大手術で一命を取りとめ、3歳までに3度の手術と入退院を繰り返した私の腹部には、今も大きな手術痕が残されています。病室の窓から見下ろしていた高速道路、病院食で出てきたコーンフレーク、年に一度の検査で訪れる大学病院で検査が終わると買ってもらえる紙パックのいちごジュース、受話器の2つ付いた大きな公衆電話、完治だと言われた日の注射の上手い看護師さん、そして命を救ってくれた2人の担当医の名前は、感謝と共に一生忘れることの無い記憶です。

成長した私が、親戚中から医師を目指せと言われたのは自然な流れだったのだと思います。でも、幼い頃の記憶が無機質すぎて、私にはそこを目指す勇気はありませんでした。あの頃の自分が臆病者でなかったら。自分が歩めなかった道だからこそ、常に医師の方々には尊敬の念が絶えません。

代わりに私が携わるようになったのが、広告を中心としたクリエイティブの世界。
10年前、北欧を視察した同僚からその存在を教えられ、会社に予算をもらって大阪や広島で視察を行ったのが、私とHospital Artの出会いです。当時から本格的にこの活動に取り組んでいきたいと考えていたのですが、なかなかその機会や仲間に恵まれないまま10年が経過してしまいました。それでも、アートやクリエイティブが少しでも医療現場に役立つのではないかという想いは、生殖医療を舞台とした株式会社グレイスグループの初代CEOを務める中でますます大きくなりました。

日本は、その医療環境が世界最高水準だと謳われる国の1つです。それでもなお、医療の現場には課題が山積しています。その中には、医療従事者だけでは解決できないもの、社会全体で取り組むべきものもたくさんあります。
この国には、生まれたときから医療の恩恵を受けない人はいません。健康であるときは健康であることの大切さを実感しにくいように、医療の素晴らしさも好調のときはわかりにくいもの。けれど、時に弱ったときこそ、医療は私たちを助けてくれています。最高の医療に支えてもらっている私たちだからこそ、できることから1つずつ、医療現場へと恩返しをしていきたい。今年、そんな想いを2人のメンバーが受け継いでくれることになりました。

医療従事者でなくても、むしろ医療従事者でないからこそ、医療の現場を少しずつ良くしていけるクリエイティブを。少しでも治療を支援できるプロジェクトを。それはほんの少しのアイディアや工夫なのかもしれません。
この活動が少しでも多くの人々に認知され、社会の役に立つことを願っています。

私はこれまで18年間、総合病院の歯科口腔外科で勤務してきました。
病院に来られる方には、病院に行きたくない子供、定期的な診察で来られる方、体調に異変を感じて来られる方、救急車を呼んで来られる方、重い病気による手術のために来られる方やそのご家族など、それぞれ多くの心配事や不安な思いをもって来院されます。
私たち医療従事者は、このような多種多様な思いを持つ患者様が笑顔になって帰っていただけるように仕事をしております。この解決策の一つとして「メディカルアート」という分野が存在するものと確信しております。病院やクリニックに、アート（視覚・聴覚・嗅覚等）を取り入れることにより、患者やその家族、医療従事者側にも精神的・身体的に癒される空間を造ることができ、「メディカルアート」はこれからの医療現場にとって有益な概念と考えられるため、多くの皆さまにぜひ知って頂きたいと思っております。

私は、青年期にてんかんを発症しました。これは突発的に数秒間意識を失う疾患です。
当時は熱中症と間違えられ気づくまでに時間がかかりましたが、振り返ってみるとその際、早期に診断・治療頂いた先生には本当に感謝しています。疾患自体は命の危機には直接関与しませんが、発症場所（電車のホーム、高台など）によっては命の危険があります。
反面、当時は突然の発症により病院に連れていかれ、無機質な暗い部屋での検査に強い不安と恐怖を抱いた事を今でも鮮明に覚えています。

青年期の医療現場に対する思いもあり、大学からは医療現場へ貢献したいという思いから遺伝子学の分野に進みました。医療現場ではまだまだ未決の課題が数多くあり、日々医療従事者だけでなく、研究者、ビジネスパーソンがそれらの課題に取り組んでいる事を肌で実感しました。大学卒業後は製薬業界に入社し、ビジネスの観点から医療現場の実態を理解し、医療従事者ではない私たちが医療現場の為になにかできる事はないのか考えました。その中で「ホスピタルアート」というテーマに出会い、その目的に強く共感するとともに、私が青年期に感じていた医療現場に対する不安感を少しでも改善したいと思いました。

「メディカルアート」は医療現場を、患者さま、医療従事者のみなさまにとって少しでも、落ち着く、安心する空間にしたいと考えていらっしゃる全ての方に参画頂き、一緒に取り組んでいきたいと考えています。